空室率で決まる不動産投資の損益分岐点
「もし空室が出たら、自分の毎月の給料からローンの返済をしなければならないのか?」
この恐怖と不安を払拭するための唯一の方法が、「損益分岐点(ブレークイーブンポイント)」を事前に正確に把握しておくことです。損益分岐点とは、「空室率が〇〇%(入居率が〇〇%)までは、手出しゼロでローンを返済し、経費を支払ってもキャッシュフローがトントンになる境界線」のことです。
本記事では、初心者が絶対にマスターしておくべき「キャッシュフローの構造」と「損益分岐点の具体的な計算式」について解説します。さらに、都心区分マンション、郊外アパート、地方高利回りアパートという特徴の異なる3つのパターンを用いた実践的なシミュレーションを通じて、それぞれがどの程度の空室耐性(赤字に対する強さ)を持っているのかを圧倒的ボリュームで丸裸にしていきます。これさえ読めば、「空室への漠然とした恐怖」が「コントロール可能な経営指標」へと劇的に変わるはずです。
キャッシュフローの考え方
家賃(収入の源泉)
不動産経営の損益分岐点を理解するためには、まず「キャッシュフロー」という概念を完全に理解する必要があります。キャッシュフローとは、「手元に残る現金(キャッシュ)の流れ(フロー)」のことです。会計上の「利益」とは異なり、実際に通帳にいくら入って、いくら出ていったかという現実の現金の動きを指します。
キャッシュフローのスタートラインであり、唯一の「入ってくるお金(インフロー)」となるのが「家賃収入」です。家賃、共益費、駐車場代などが入居者から毎月振り込まれます。ただし、ここで計算のベースとする家賃収入は、「満室時想定家賃収入」ではなく、現実の空室率や滞納率を加味した「実効総収入(Effective
Gross Income =
EGI)」でなければなりません。不動産投資は、このEGIという「唯一の収入源」から、いかに「出ていくお金(アウトフロー)」を差し引いてもプラスを維持できるかを競うサバイバルゲームなのです。
ローン(最大の支出)
家賃から差し引かれる「出ていくお金」のうち、最も巨大で、かつ絶対に待ったなしで支払わなければならないのが、金融機関への「ローン返済額(元本返済分+支払利息)」です。
ここで初心者がよく混同してしまうのが「会計上の経費」との違いです。ローンのうち「支払利息」は確定申告の際に経費として認められますが、「元本返済分」は経費にはなりません。なぜなら、元本を返済するということは借金が減り、その分だけあなたの純資産が増えている(蓄財されている)とみなされるからです。しかし、経費にならないといっても、手元からは確実に「現金」が消え去っていきます。そのため、キャッシュフロー計算においては、利息だけでなく元本返済分も含めた「毎月の総返済額」を収入から丸ごとマイナス(差し引き)しなければなりません。不動産投資において、手残りのキャッシュフローが赤字になる(手出しが発生する)最大の原因は、このローン返済額が家賃収入(空室時)を上回るからに他なりません。
経費(ランニングコスト)
もう一つの「出ていくお金」が、物件を維持・管理するために毎月(または毎年)発生する「経費(ランニングコスト=Operating Expenses / Opex)」です。
具体的には、管理会社へ支払う管理代行手数料(家賃の5%程度)、区分マンションの管理費・修繕積立金、固定資産税・都市計画税、火災保険料・地震保険料、共用部の水道光熱費や清掃費、そして退去が発生した際の原状回復費用や、次の入居者を見つけるための仲介手数料(広告料・AD)などがこれに該当します。物件の構造や築年数にもよりますが、一般的なランニングコストは、満室家賃のおおよそ「20%?30%」程度を見込むのが安全とされています。
つまり、満室家賃の100%から、この「経費(20?30%)」と「ローン返済額(50%前後)」を引いて、最後に残った10%?20%の現金が「キャッシュフロー(税引前キャッシュフロー=BTCF)」となります。もし空室率が20%を超えれば、残っていたはずのキャッシュフローの余裕分が一瞬で吹き飛び、財布から追加の現金を持ち出さなければならなくなる。これが不動産経営のリアルな構造です。
損益分岐点の計算方法
計算式:手出しがゼロになる入居率を丸裸にする
それでは、いよいよ本題である「損益分岐点」の計算式をご紹介します。この計算式は、物件を購入する前にエクセル等で必ず叩き出しておかなければならない「投資家としての命綱」となる必須スキルです。
【損益分岐点(入居率)の計算式】
(年間ランニングコスト + 年間ローン返済額) ÷ 年間満室想定家賃 × 100 = 損益分岐点(%)
この式で算出されたパーセンテージが、「手元から一円も持ち出しを発生させずに、物件が自力で生き残るために必要な最低限の入居率」を表します。少し具体的に見てみましょう。
・年間満室家賃:1,000万円
・年間経費(ランニングコスト):200万円
・年間ローン返済額:550万円
この場合、「(200万円+550万円)÷1,000万円 × 100 = 75%」となります。
つまり、この物件においてキャッシュフローが赤字(手出し)に転落しないためには、最低でも「入居率75%(逆に見れば、空室率25%)」をキープしなければならない、というデッドラインが明確になります。もしこれが全10室のアパートであれば、「2室までは空室になってもギリギリ自分の給料から手出しは不要だが、3室目が空室(入居率70%)になった瞬間に手出し(赤字経営)が始まる」ということが、購入前から予見できるのです。
考え方:損益分岐点を下げる(安全性を高める)2つの方法
損益分岐点の数字は、低ければ低いほど安全です。(たとえば損益分岐点が60%であれば、40%もの空室が発生してようやく赤字になるため、非常にディフェンス力が高い物件と言えます)。損益分岐点を下げる(安全性を極限まで高める)ためには、数式に基づき「たった2つの方法」しか存在しません。
1. 分母(家賃収入)を大きくする=安く買って高い利回りを確保する
物件を市場価格より安く購入(指値交渉)できれば、借入金に対する家賃収入の割合が大きくなり、結果的に損益分岐点が下がります。同じ家賃収入1,000万円でも、1億円で買うのと8,000万円で買うのとでは、ローンの返済額が全く変わるため、空室への耐性が劇的に変化します。
2. 分子(ローン返済額・経費)を小さくする=融資条件と金利交渉
多くの場合、経費(固定資産税や管理費)を大幅に削ることは困難です。したがって、分子を小さくするための最大のポイントは「ローン返済額をいかに安く抑えるか」にかかっています。そのためには、「より低い金利で借りる」ことと「より長い返済期間で組む(期間を延ばして月々の負担を薄める)」ことが絶対条件となります。頭金(自己資金)を多く入れることも、借入総額が減って毎月の返済額が下がるため、損益分岐点を引き下げる(空室リスクに強くなる)極めて有効な手段となります。
シミュレーション(3パターン)
損益分岐点の仕組みが理解できたところで、実市場でよく目にする代表的な3パターンの投資モデルを用いて、限界の空室率をリアルにシミュレーションしてみましょう。数字の裏に隠された「それぞれの物件の弱点」が浮き彫りになります。
パターン1:都心区分マンション(中古ワンルーム)の場合
東京の中心地や山手線沿線の中古ワンルームは、退去が出てもすぐに埋まる(賃貸需要が極めて高い)という強みがありますが、物件価格が高く利回りが低いのが特徴です。
・物件価格:2,500万円
・年間満室家賃:108万円(月9万円)/ 表面利回り:4.32%
・年間経費(管理費・修繕積立金・税金等):30万円
・借入条件:フルローン2,500万円、金利1.5%、期間35年
・年間ローン返済額:約92万円
【損益分岐点の計算】
(年間経費30万 + 年間返済額92万) ÷ 年間満室家賃108万 × 100 = 約112.9%
【シミュレーション結果:損益分岐点が100%を超えている】
驚くべきことに、この都心区分マンションのケースでは損益分岐点が100%を超えてしまいました。つまり、「空室率ゼロ(1年365日ずっと満室)」であったとしても、家賃収入108万円に対して、経費とローン返済の合計が122万円かかっているため、「満室状態でも毎年14万円の赤字(持ち出し)が絶対に発生する」という地獄の構造になっています。これが、「新築や築浅の都心ワンルームをフルローンで買うと、毎月手出しが発生する」と言われる理由です。空室になれば、当然ながら毎月9万円+経費が丸ごと給料からの手出しとなります。このモデルは、毎月のキャッシュフローで稼ぐのではなく、「立地の良さを活かした将来の売却(キャピタルゲイン)や、保険代わりの資産形成」と完全に割り切らなければ、投資として成立しません。
パターン2:郊外の築浅一棟アパート(木造)の場合
都心から電車で40?50分圏内の、少し郊外に位置する築浅(築5年程度)の木造アパートです。利回りと入居率のバランスが取りやすく、最も多くの会社員投資家がターゲットとする王道のモデルです。
・物件価格:6,000万円(全8室)
・年間満室家賃:480万円(月40万円)/ 表面利回り:8.0%
・年間経費(PM委託費、税金、清掃等):96万円(家賃比20%想定)
・借入条件:頭金600万(1割)、借入5,400万円、金利2.0%、期間25年
・年間ローン返済額:約274万円
【損益分岐点の計算】
(年間経費96万 + 年間返済額274万) ÷ 年間満室家賃480万 × 100 = 約77.0%
【シミュレーション結果:入居率77%がデッドライン】
全8室のアパートなので、1室あたりの比率は「12.5%」です。入居率が77%ということは、「空室率23%で赤字に転落する」ことを意味します。
・8室中、8室入居(空室0室):毎月約9万円の黒字(キャッシュフロー)
・8室中、1室空室(入居率87.5%):毎月約4万円の黒字
・8室中、2室空室(入居率75.0%):毎月のキャッシュフローがマイナス(赤字転落)
この物件の場合、「常に1室以内の空室」をキープできれば立派にお小遣いが残る優良なビジネスとして回りますが、同時に2室以上が空いて長引いた瞬間から、給料からの補填というストレスが襲いかかってくることになります。安定感はあるものの、退去時期が重なる春先などにはヒヤヒヤする場面があるという、非常にリアルなバランスの物件と言えます。
パターン3:地方の築古高利回りアパート(木造)の場合
地方の人口減少エリアにある、築30年を超えた古いアパートです。販売価格が安いため表面利回りは恐ろしく高くなりますが、賃貸需要が弱く、融資付け(ローンを引く)のハードルも高いハイリスク・ハイリターンのモデルです。
・物件価格:2,000万円(全6室)
・年間満室家賃:360万円(月30万円)/ 表面利回り:18.0%
・年間経費(古いため修繕リスク増大を見込み高めの設定):108万円(家賃比30%想定)
・借入条件:頭金400万(2割)、借入1,600万円、金利3.0%、期間10年(築古で耐用年数超過のため期間が短縮される)
・年間ローン返済額:約185万円
【損益分岐点の計算】
(年間経費108万 + 年間返済額185万) ÷ 年間満室家賃360万 × 100 = 約81.3%
【シミュレーション結果:利回りが高くても返済期間の短さが首を絞める】
表面利回り18%という驚異的な高利回り物件であれば、少々空室が出てもビクともしない(損益分岐点が50%前後になる)と錯覚しがちです。しかし現実には、築古木造ゆえに「金融機関がローンの返済期間を10年と極端に短く設定してしまう(毎月の返済額が跳ね上がる)」ことと、「維持修繕費が想定以上にかさむ」というダブルパンチを受けます。結果として損益分岐点は「81.3%」となり、先ほどの築浅アパート(77.0%)よりも空室に対するディフェンス力が弱い(=赤字に転落しやすい)という皮肉な結果となりました。全6室中2室(空室33%)空いただけで途端に赤字に沈みます。地方であるため退去後に次の入居者を見つける難易度が高く、表面利回りの高さとは裏腹に、非常にシビアで綱渡りの経営手腕(リフォーム術や客付営業力)が求められるプロ向けの物件であることが浮き彫りになります。
空室を防ぐ物件の特徴
ここまで、損益分岐点という「防御(手出しを防ぐシミュレーション)」について徹底的に解説してきました。しかし、どんなに完璧に損益分岐点を計算し、自己資金を厚く入れて手出しのリスクを下げたとしても、結局のところ「家賃を払い続けてくれる入居者」が不在であれば、事業はいずれ破綻します。ディフェンス(計算)の次は、オフェンス(集客)です。そもそも空室にならない、安定した入居需要を未来永劫維持できる「強い物件」を選び抜くことが、不動産投資における究極の安全策となります。
空室を防ぐための最大のフィルターは、建物そのものの豪華さや間取りの最新さではありません。圧倒的に「立地(エリア)」に依存します。
・主要なターミナル駅までのアクセス(電車一本で通勤圏内に通えるか)
・駅からの徒歩分数(単身者なら徒歩10分以内、ファミリーなら特急・急行停車駅へのアクセス)
・周辺施設の充実度(スーパー、コンビニ、病院などが生活圏内に揃っているか)
・人口動態(その市町村の人口が増加しているか、少なくとも微減で耐えているか)
建物はリフォームやリノベーションでお金をかければいくらでも綺麗に生まれ変わらせることができますが、「立地(エリアの魅力)」だけは、オーナー個人の力で後から1ミリも変えることができない絶対的な条件です。「安くて利回りが高いから」という理由だけで過疎化が進むエリアに手を出すのは、砂上の楼閣に投資するようなものです。損益分岐店を超えるギリギリの攻防を避けるためには、賃貸需要が途切れない確固たる需要基盤を持ったエリアを厳選する「目利き」が不可欠となります。
まとめ:手出しゼロの境界線を引いてから買え
不動産事業が破綻し、自己破産などの最悪の結末を迎える投資家のほとんどが、物件を買う前に「自分の物件が何%の空室率になったら、手元から現金がなくなってローンが払えなくなるのか」という損益分岐点を一度も計算したことがありません。彼らは、業者がエクセルで作成した「常に100%満室を前提としたバラ色のキャッシュフロー表」だけを信じて、数千万、数億円の借金を背負ってしまったのです。
不動産投資は、不確実性との戦いです。入居者がいつ退去するか、ボイラーがいつ壊れるか、将来のすべてを予測することは不可能です。だからこそ、「何が起きても、ここまでなら耐えられる」という限界ライン(損益分岐点)を、事前のシミュレーションによって自分の頭の中に明確に引いておく必要があります。
1. 家賃だけでなく、経費と【ローンの元本返済分を含めた総額】を現金(キャッシュ)のマイナスとして捉えること。
2. 物件購入前に必ず「(年間経費+年間返済額)÷満室家賃」を計算し、損益分岐点(必要な入居率)を弾き出すこと。
3. 表面利回りが高い築古物件は、返済期間が短くなることでローン負担が重くなり、実は損益分岐点が高く(赤字になりやすく)なる罠に警戒すること。
4. 計算上の安全性を高める(自己資金の投入や金利交渉)と同時に、そもそも人が離れない立地(エリア)選びに全精力を注ぐこと。
これらの鉄則を胸に刻み、エクセルや電卓を叩いてシビアなシミュレーションを繰り返すことこそが、「空室」という恐怖を克服し、どんな不況にも耐えうる強靭な不動産インカムゲインを築き上げるための最強の武器となります。感情や業者の甘い言葉で買うのではなく、「数字(損益分岐点)」で買うプロの投資家へと、今日からマインドを切り替えていきましょう。